古賀紗理那の出身中学高校大学はどこ?経歴や実力も調査!

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2024パリオリンピックでは、予選敗退し9位に終わった女子バレーボール日本代表(愛称:火の鳥NIPPON)。

キャプテン古賀紗理那さん(こがさりな)さんは、このパリオリンピックを最後に引退をされました。

そんな古賀さんのこれまでの経歴が気になる方も多いと思います。

そこで今回は、古賀紗理那さん

  • 出身中学高校大学はどこ?
  • 経歴は?
  • 実力は?

について、まとめてみました。

目次

古賀紗理那の出身中学高校大学はどこ?

古賀さんの出身校について、紹介していきます。

中学校

出身中学校は熊本県にある大津町立大津中学校です。

公立の中学校のため、偏差値はありません。

中学校でもエースとして活躍をし、3年時には全日本中学校バレーボール選手権大会で3位となり、優秀選手に選ばれました。

また、JOC都道府県対抗中学バレーへ出場し、JOCカップオリンピック有望選手に選出されます。

そして中学1年生の時の身長は166㎝でしたが、卒業するときは身長180㎝と、14cmも成長していたようです!

恵まれた体格と実績から、高校進学の際には様々な強豪校からスカウトを受けています。

高校

出身高校は、熊本の強豪校、熊本信愛女学院高校です。

偏差値は、47~56とされています。

こちらの高校は、私立の女子校でカトリック系の学校です。

部活動も盛んなことで有名です。

前述した通り、中学で有名な選手になったことから国の高校からオファーが殺到したそうですが、地元の強豪校を選んでいます。

古賀紗理那さんの2歳年上のお姉さんが熊本信愛女学院高校で、先にバレーボールをしていたこともあり、姉と一緒にバレーボールをしたいという理由で高校を選んだそうです。

高校にはスポーツ推薦で進学をされました。

1年時には早速ユースのアジア選手権にて優勝し、MVPに選ばれました。

そのほかにもインターハイ準優勝、春高バレーベスト4など数々の優秀な成績を残しています。

バレーをされていたお母さんの、春高バレーに出場させたいという夢が叶った瞬間でもありました。

しかし、様々な大会で期待はされていたものの優勝はできず、悔しい想いをされています。

そんな中でも、2013年には当時高校生ながら日本代表に選出されました。

高校生で全日本代表デビューを果たすとは凄いですね!

当時、憧れの木村沙織選手に会えたことに、息ができないほど興奮したと語っています。

その後も、世界U23女子バレーボール選手権の代表選手に選出され銅メダルを獲得、2020東京五輪の強化指定選手に選出されるなど、大活躍の高校時代でした。

高校卒業後

高校卒業後は大学に進学はせず、Vリーグへ挑戦しました。

NECレッドロケッツへ入団をされています。

竹下佳江選手や、高橋みゆき選手など数々の有名選手が所属していたチームです。

高校生で全日本代表に選出されたこともあり、多くのVリーグからオファーが殺到しました。

ポスト木村沙織とも呼ばれ、1年目から主力選手として日本代表を引っ張っていく選手として活躍しました。

古賀紗理那の経歴は?

古賀紗理那さんは、どのような人生を歩んできたのでしょうか。

古賀さんは、1996年5月21日佐賀県生まれの28歳(2024年8月現在)です。

6歳の時に佐賀県から熊本県に引っ越しました。

古賀紗理那さんのプロフィールでは熊本出身と記載されていることが多いそうです。

バレーボールを始めたきっかけは、お母さんの影響です。

お母さんがやっていたバレーボールを小学2年生から始めました。

お母さんも、女の子が生まれたらバレーボールをさせたいという気持ちがあったそうです。

そしてお母さんが参加できなかった春高バレーに娘を参加させたい思いがありました。

そんな古賀紗理那さんは最初、地元のバレーボール教室に通っていました。

ある日の試合で強豪チームに負けて悔しく、高いレベルでバレーボールをしたいという気持ちから、強豪チームに移籍をし、小学5、6年生の時には全国大会に出場していたそうです。

その後、中学時代から全国大会へ出場、既にオリンピック有望選手に選出されていました。

そして高校時代は、春高バレーに出場し優秀選手賞を受賞、そして日本代表メンバーに選出され、16歳で代表デビューを果たします。

高校卒業後、VリーグではNECレッドロケッツに入団し、エースとして活躍しました。

中学時代から将来有望の選手だったため、Vリーグ8チームによる争奪戦が繰り広げられたほどでした。

入団1年目である2014-15年度のVリーグでは、チームを10年ぶりにリーグ優勝に導きました。

しかし、2016年リオデジャネイロオリンピックでは代表からまさかの落選。

メンバー入りは確実とされていましたが、当時の監督からは「実力不足」という理由でメンバーから外されました。

2020年東京オリンピックでは代表選出されるも初戦で足をひねるケガをしてしまい、負傷。

予選ラウンド4日目に復帰したものの、結果10位で終了しました。

そして2022年には、男子バレーボールの西田有志選手との結婚を発表。

国際バレーボール連盟の登録名も、西田紗理那さんへ変更されました。

2023~24シーズンの天皇杯全日本バレーボール選手権大会では、優勝そしてMVPを受賞。

西田有志選手も、男子の大会で優勝、MVPを受賞したことから、夫婦揃って優勝、MVP獲得となりました。

2024年には、パリオリンピックへ出場し、予選リーグで敗退しました。

このパリオリンピックをもって現役引退をされました。

古賀紗理那の実力は?

古賀紗理奈那さんの最大の魅力は、海外選手に負けないジャンプ力(最高到達点305㎝)です。

もちろん日本や世界にも古賀紗理那さんより最高到達点が高い選手はたくさんいますが、古賀紗理那さんのもう1つの魅力は最高到達点からコースが読めないスパイクです。

右や左や真っすぐにスパイク打つ時も同じ動きで打ち分けることができます。

スパイクを受ける相手チームはどこにボールが来るのかわからないので、動作がワンテンポ遅れてしまい、得点になりやすくなっています。

「ポスト木村沙織さんに違いない」「木村沙織さん並みの潜在能力を秘めている」と言われていました。

中学時代から強豪校のオファー、高校卒業後も様々なVリーグの争奪戦ということが古賀紗理奈那さんの実力の全てを表していますね!

まとめ

今回は、古賀紗理那さんの出身中学高校大学はどこ?経歴は?実力は?について調べていきました!

  • 出身中学:熊本県の大津町立大津中学校
  • 出身高校:熊本信愛女学院高校
  • 高校卒業後:VリーグのNECレッドロケッツへ入団
  • 中学時代から全国大会出場、オリンピック有望選手に選出
  • 高校時代は春高バレーへ出場、日本代表デビュー
  • 2022年に男子バレーの西田有志選手と結婚
  • 2024年パリオリンピック出場を最後に現役引退

バレーボールで輝いてきた人生の中で、悔しい気持ちをたくさんしてきた古賀紗理那さんは今プライベートでとても充実してます。

一緒に戦う存在、支えてくれる存在は大きな力を与えてくれたことと思います。

今後の古賀さんの幸せも願っていきたいですね!

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